キエスタ ブログ
木蓮(モクレン)の花茶
パラレルワールドという迷妄
感覚界は物質法則が確固として支配していますが、霊的世界の法則はそうではありません。
人間には相応しくない霊界領域があるのです。
シュタイナーは以下のように警鐘しています。
「 身体は世界の調和に相応した仕方で、世界に組み込まれているので、感覚的知覚や通常の知的活動の範囲で魂が働くとき、その魂は、体が宇宙との調和を魂に託すことができるように、体に帰依している。魂が神秘的もしくは錬金術的な方向でこの体験から離れてしまうとき、体を通して獲得される宇宙との調和を失わないように、あらかじめ備えておく必要がある。
この用意を怠るならば、神秘的な道においては、宇宙との霊的関連を失うおそれがあり、錬金術的な道においては、真実と虚偽とを区別する能力を失うおそれがある。神秘家がこの用意を忘った場合、体との関連がより深まれば深まるほど、自己の意識の力が濃縮され、この自己意識に圧倒されて、自分の内部でもはや宇宙を共体験できなくなる。神秘家はこのことによって、人間にふさわしくない霊界領域へ意識して入っていくであろう(私は霊学についての著述の中で、この霊界領域を「ルツィフェル的」と名づけた)。」
ルドルフ・シュタイナー著/高橋巌訳『霊界から社会へ至る道』p205
ルツィフェル的霊界領域は、非の打ち所がないような世界として、安直なスピリチュアリストを魅了します。
その世界に入り込んでも今世では何も支障は起こらないかもしれません。
しかし来世において、その人は自己を失ったような人生を送ることになりかねません。
そのような霊界領域から地上のスピリチュアリストの魂に流れ込む概念のひとつが、パラレルワールドという迷妄です。
何故にパラレルワールドが迷妄なのかと問うことができますが、人間は論理的な概念構築をしなければ、ルツィフェルの世界から流れ込む直感の誘いを退けることはできません。
何故ならパラレルワールドはルツィフェルの創造した霊界領域に確かに存在しているからです。
その領域に入り込んでしまうと、人間の自我はその世界が迷妄だとは全く思えなくなります。
パラレルワールドで人間自我はどのようになるでしょう。
己れの意志を発揮しようとする力を失ってしまうのです。
或る状況下において、ひとつ選択肢を自分自身の意志で決断することに意味を失います。
そうすると人間は己れの意志決定に責任を持たなくなります。
人間が自らの意志で何事かを決意する時に、高次の自己は地上の自我に関与します。
己れの意志決定を放棄した人間は、高次の自己との繋がりを断ち切ることになります。
そうして人間は次の転生において、高次の自己による統合を失った自我としての人生を余儀なくされます。
高次の自己と地上の自我
高次の自己=ハイヤーセルフの働きは通常、地上の自我の意識には明るみになりません。
ハイヤーセルフは地上の自我が道徳的決断を迫られるような状況、もしくは死に瀕するような危機が身体に迫った瞬間に、自我が意識できるような強い関与をします。
その関与は啓示のように、また激しい直感のように自我に意識されます。
そもそも高次の自己にとって地上の自我とは何なのでしょうか。
神界に存在する高次の自己は、神々に浸透されているため、自己意識が希薄なのです。自分は自分であるという意識をほとんど持っていません。
自分は神そのものだ、あるいは、自分は神と同質だという意識に満ちており、神の意志に背いたり神の働きに抗ったりしません。
しかしながら地上の自我は感覚界の中で神の意志や働きを見失っているので、謂わば神の支配から自分は自由だという錯覚を抱くことができます。
そのような錯覚の中で人間は利己性を強化することが可能になります。
この利己性が地上の自我に、自己意識をもたらします。
高次の自己は、地上の自我を見守ることを通して、自己意識を獲得しようと努めているのです。
しかしながら地上の自我があまりにも利己性に堕してしまわないように、高次自我は、地上の自我に対して道徳的決断を迫るような運命的出来事を用意します。
もしくは死に瀕するような状況下で地上の自我がどのような決断を選択するかを、高次の自己は見守っています。
自律神経整体体験
トラウマの心理療法
トラウマに苦悩する人たちがたくさんいます。
トラウマとは記憶に関連しています。
記憶はエーテル体に担われています。
健全な記憶は人を苦しめることはありません。むしろ健全な記憶は人の心を喜ばせ生命を豊かに強くします。
不健全な記憶がトラウマとなります。
悲しみや苦しみを体験した記憶がトラウマになるのではありません。
悲痛難苦の体験がエーテル体の中で停滞し、凝固することによって、記憶が不健全となるのです。
不健全な記憶とは何なのか、と問うことができます。
エーテル体に担われた記憶を意識化するとき、地上の私たちはイメージとして想起します。
想起される個々のイメージはひとつのストーリーを形成しています。
エーテル体に保管されている記憶がストーリーとして連綿と展開し、現在の自分にまで繋がっていることが、健全な記憶であると言えます。
けれどもストーリー展開が停滞したり破綻したりしてしまうと、過去から現在にまで続くエーテル体の流れが、ある時点で淀み滞留します。
そしてやがては滞留部分が凝り固まって謂わば腐敗した瘤ができてしまいます。
このようにエーテル体の流れの中に凝固した瘤ができてしまうことが、トラウマと呼ばれる症状の原因です。
探求の家のキエスタ・カウンセリングでは、ナラティブ(物語作り)ワークを通して、エーテル体の中の凝固した瘤を解きほぐし、エーテル体の流れをスムーズにしてトラウマを癒す心理療法を行なっています。










