キエスタ ブログ
お宮参り
孫のお宮参りに想う。
僕の父親は16年前に、母親は6年前に帰天した。
帰天した霊魂は、生前に生きた年数の3分の1の期間、月の軌道領域にある霊界に滞在している。
新たに誕生してくる霊魂は、前世での帰天から太陽系領域の霊界を巡って数百年後に地球に近づき、月の軌道領域に留まって、自らが誕生する土地と親を選んで見守っている。
つまり、16年前と9年前に帰天した両親と、ひと月前に誕生した孫とは、月の軌道領域の霊界で、遭遇しているかも、と考えられるのだ。
僕は微塵の悲しみも辛さもなく両親を見送った。むしろ、病体を脱ぎ捨てて解放された両親の霊魂の旅立ちを祝福しながら見送ったのだ。
その両親が、両親にとっては孫である、僕の娘の子どもの霊魂を、霊界から祝福を込めて地上へと見送ったのだなぁ、とつくづくと想えたのだった。
だからこそ僕の娘の子どもは、恵まれた環境ですくすくと健全に育っている。
死者の霊魂と、これから誕生する霊魂との、月領域での交叉的出逢いこそが、その子どもの幸運となるのに違いない。
新たな運命の創造としての決断と決意
4月に入って3週間経ち、入籍したことをようやく落ち着いて振り返ることができている。
4月2日はちょうど僕の誕生日でもあり66歳となった日でもある。
僕と洋子さんは共に再婚であり、僕の娘と洋子さんの息子はそれぞれすでに結婚している。
僕は14年間勤めていた行政機関の電話相談業務を3月末で退職し、人生の区切りとしての新年度から、早々の入籍と新たな活動「探求の家」の開設となった。
3日の夜に鎌倉を発ち、第2の活動拠点である岐阜県の七宗町へ八京バスで向かい、山里で2週間を慌ただしく過ごした。
七宗町では新年度から月・水・金曜日の夜にon-lineセミナーを開講し、土日はoff-lineのサロンとセミナー。
今年度は毎月半分ずつを七宗町と鎌倉で過ごす計画だ。
第1の活動拠点である鎌倉でも同様に、on-lineとoff-lineのセミナーを続ける。
2025年はシュタイナー帰天100周年である。
シュタイナーは7年周期の9巡を終えて10巡目に入った矢先の64歳で今生を終えた。
僕は64歳から7年周期の10巡目として七宗町での拠点つくりを始めた。
7年周期の6巡を終える42歳の時に離婚し、父子家庭として娘と共に生きたが、9巡を終えた時に娘は結婚して家を出た。
10巡目の64歳の最初に洋子さんと七宗町に行くことができ、翌2024年2月に上麻生駅近くの古民家を購入し、4月から住み始め「探求の家かみあそう」として活動拠点となった。
さて、入籍とは何であろうか。
30歳の時に最初に結婚入籍した時には、端的に言ってしまえば、前世からの何らかのカルマを精算するための宿命のような結婚だった。
今回は自らの意志で新たに決断・決意した、新たな運命の創造のように思っている。
弘明寺を巡る縁
娘が受胎した。
人間の魂は誕生前に魂界から地上を観察して自らの両親となる男女が出逢うための運命に関与するという。
僕が誕生した時、父親となる人はアメリカ軍駐留の三澤基地で、ベトナム戦争から帰還した米兵に真珠を売る仕事をしていた。そして母となる人は辺鄙な故郷を疎み都会に憧れていた。その2人は映画館の隣席で出逢い、結婚へと至った。
僕の娘が魂界から自らの両親を探していた頃、僕は映画雑誌の仕事をしていたが、30歳になった年に、社会生活を捨てて出奔しようとしていた。その時に或る女性が僕を引き留め、あれよあれよと結婚するに至った。
あの時に僕を引き留めた運命に関与したのが、その後に僕たちの間に生まれた娘だったのだ。娘の魂が関与しなければ僕は世捨て人になり、とっくにのたれ死んでいたかもしれない。
娘の魂が母親として選んだ女性は横浜の弘明寺近くを実家に持つ人だった。なおかつ、僕が18〜22歳まで交際した女性の実家も弘明寺近くであったのだ。
この弘明寺は空海を開祖とする伝説があり、十一面観音と大聖歓喜天を祀っている。僕は後に、娘が母親として選んだ女性と離婚した時に、弘明寺の大聖歓喜天に自分の将来を祈願して、その後の人生で辛酸を舐めるエライ試練をいただくことになる。
話を戻すと、僕と元妻は子どもを受精する時をしっかりと準備して実行し、娘の魂が元妻に受胎した時には、僕は確かに天空から大いなる力が流れ込んでくるように感じたものだった。
娘が誕生する時期に僕らは元妻の実家の近くに転居した。そこは、大戦中に日本軍と戦って戦死したイギリス兵たちが葬られた英連邦墓地のすぐ近くであり、また権太坂という地もすぐだった。
その権太坂に、洋子さんの両親の家があった。
話をはしょると、後々に洋子さんは弘明寺近くに職場を持つことになる。また、洋子さんの両親は離婚して、洋子さんは父親と絶縁することになるだが、その父親は最期に弘明寺の町で亡くなる。
そうして僕は42歳で離婚し、娘と二人暮らしの父子家庭になるのだが、紆余曲折して洋子さんと出逢うことになったのはその20年ほど後になる。
このように、或る土地、そしてその地に祀られる神仏存在が、生まれてくる魂と協働しながらに人間同士の縁に関与してくるわけである。
僕の娘が受胎した子どもは今年の10月に誕生予定だ。この子もたぶん、弘明寺とも縁があることだろう。
老年期に出逢うカルマ
人生の半ば、30歳前後で出逢う人とは、前世では親兄弟だったとシュタイナーは言います。
今世で家族だった人たちとは、前世において人生半ばで出逢った恋人や仲間だったわけです。
では老年期に出逢う人とは前世でどのような関係だったのでしょうか。
シュタイナーは『霊界から社会へ到る道』(高橋巌 訳/春秋社刊)で次のように述べています。
「その時期に出会う人たちは、たぶん前世において大切な何かを共有した人だったでしょう。または、まだ決着のついていない何かを共有していた人たちでしょう。その人たちは、前世において、私たちと何かを共有していました。人生の何らかの決定的な出来事、例えば、ひどい幻滅という試練に遭遇するような、人生おいてしばしば経験させられる出来事を共有していたのです。」p50
そのような前世の体験が、老年期で出逢った僕と洋子さんにはあったのだと直観されたことがありました。
12世紀頃のドイツの小国で十字軍遠征に参加した僕と洋子さんは、エルサレムに至ることなく途中で命からがら故郷に帰還しました。
そのときにふたりは「ひどい幻滅という試練に遭遇」したのでした。
それは、キリスト神をあれほど強烈に信じたのに聖地に到ることができなかった、という幻滅だったことでしょう。
聖地を希求するという理想を共有しながら決着できなかった前世が、ふたりにはあったのです。
このような決着を求めてふたりは今世に生まれ、老年期になってようやく出逢うことができました。
そうして今世においてふたりは、シュタイナーを学ぶことを通して、何かを決着するわけなのです。
ふたりのこと(12世紀の十字軍)
探求の家は僕と洋子さんのふたりで運営しています。
僕と洋子さんとは2019年に出逢っていますが、パートナーとなったのは2023年からです。
僕は20年ほど前に、洋子さんは10年ほど前に、それぞれ離婚しており、僕にはひとり娘、洋子さんにはひとり息子がいます。
ふたりの子どもたちはすでに独立して結婚しています。
洋子さんはカトリックの敬虔なクリスチャンで、僕は真剣なオカルティストです。
オカルティストという言葉は神秘学徒といった意味合いで使っていますが、僕自身、キリスト神霊の存在を信仰しています。
ふたりのカルマ的出逢いは3世前の12世紀頃のドイツに遡ります。
僕は王宮に仕えるエゴイスティックな魔術師として、洋子さんは真摯なキリスト教徒として、十字軍遠征に加わりました。
十字軍遠征を企てた小国の王は、エルサレム奪還という高邁な理想は建前のみで、実際はオリエントからの略奪を目論んでいました。
当の魔術師もまた、エルサレムでもっと強力な魔術を獲得しようという利己的な打算を抱いていたのです。
いっぽう真摯なキリスト教徒は、聖地でキリスト神霊に出逢いたいという真剣な信仰心を持っていました。
しかし遠征は途中で無残に頓挫し、隊員たちは散り散りになって命からがら故国へ帰還することになりました。
帰還後の魔術師は王宮での権力闘争に敗れて哀れな死に至り、真摯なキリスト教徒は遠征中の残虐な略奪を目の当たりにしたトラウマから精神的に崩れ、信仰を失って頓死しました。
そのような中で2人はどのように、来世での再会に至るための衝動を抱くことができたのでしょうか。
この続きはまたの機会にお話しましょう。




