キエスタ ブログ
高次の自己と地上の自我
高次の自己=ハイヤーセルフの働きは通常、地上の自我の意識には明るみになりません。
ハイヤーセルフは地上の自我が道徳的決断を迫られるような状況、もしくは死に瀕するような危機が身体に迫った瞬間に、自我が意識できるような強い関与をします。
その関与は啓示のように、また激しい直感のように自我に意識されます。
そもそも高次の自己にとって地上の自我とは何なのでしょうか。
神界に存在する高次の自己は、神々に浸透されているため、自己意識が希薄なのです。自分は自分であるという意識をほとんど持っていません。
自分は神そのものだ、あるいは、自分は神と同質だという意識に満ちており、神の意志に背いたり神の働きに抗ったりしません。
しかしながら地上の自我は感覚界の中で神の意志や働きを見失っているので、謂わば神の支配から自分は自由だという錯覚を抱くことができます。
そのような錯覚の中で人間は利己性を強化することが可能になります。
この利己性が地上の自我に、自己意識をもたらします。
高次の自己は、地上の自我を見守ることを通して、自己意識を獲得しようと努めているのです。
しかしながら地上の自我があまりにも利己性に堕してしまわないように、高次自我は、地上の自我に対して道徳的決断を迫るような運命的出来事を用意します。
もしくは死に瀕するような状況下で地上の自我がどのような決断を選択するかを、高次の自己は見守っています。
自律神経整体体験
トラウマの心理療法
トラウマに苦悩する人たちがたくさんいます。
トラウマとは記憶に関連しています。
記憶はエーテル体に担われています。
健全な記憶は人を苦しめることはありません。むしろ健全な記憶は人の心を喜ばせ生命を豊かに強くします。
不健全な記憶がトラウマとなります。
悲しみや苦しみを体験した記憶がトラウマになるのではありません。
悲痛難苦の体験がエーテル体の中で停滞し、凝固することによって、記憶が不健全となるのです。
不健全な記憶とは何なのか、と問うことができます。
エーテル体に担われた記憶を意識化するとき、地上の私たちはイメージとして想起します。
想起される個々のイメージはひとつのストーリーを形成しています。
エーテル体に保管されている記憶がストーリーとして連綿と展開し、現在の自分にまで繋がっていることが、健全な記憶であると言えます。
けれどもストーリー展開が停滞したり破綻したりしてしまうと、過去から現在にまで続くエーテル体の流れが、ある時点で淀み滞留します。
そしてやがては滞留部分が凝り固まって謂わば腐敗した瘤ができてしまいます。
このようにエーテル体の流れの中に凝固した瘤ができてしまうことが、トラウマと呼ばれる症状の原因です。
探求の家のキエスタ・カウンセリングでは、ナラティブ(物語作り)ワークを通して、エーテル体の中の凝固した瘤を解きほぐし、エーテル体の流れをスムーズにしてトラウマを癒す心理療法を行なっています。
子どもの自由衝動と守護天使
生来的に強い自由衝動を抱いて誕生してくる子どもが増えています。
同時代に誕生する人たちは或る同質の時代的カルマを担っています。
過去の或る時代に、支配層に虐げられて憤死や横死した人々が多くいました。
そのような人たちは死後の霊界で、より強力な自由衝動を自らの魂に刻みます。
生来的に強い自由衝動を持って誕生する子どもたちは、支配傾向を持つ親をあえて選んで生まれてくる場合があります。
幼少期に早々と、支配に対抗する力を獲得するためです。
そのような子どもは、支配傾向を持つ大人にとっては非常に厄介です。
両者には深刻な葛藤や軋轢が生じます。
子どもの過激な自由衝動を抑圧しようとすると事態はさらに悪化します。
人間の自由は愛と表裏一体とならなければ実現不可能です。
強い自由衝動を持つ子どもたちには、神聖な愛を持って向き合うことを、天使たちが大人たちに求めます。
守護天使は人間一人ひとりに付き添っていますが、子どもに寄り添っている天使は特に強力に守護の力を子どもに注ぎます。
子どもの周囲にいる大人は、子どもに注がれる守護天使からの愛にあずかることができるのです。
そのようにして、大人が守護天使の力にあずかりながら子どもを愛することは、自らの霊我によって子どもの自我に向き合うことになります。
そうすると、子どもの自由衝動は、この地上のありさまを変革していく創造性として発揮されるようになります。







