キエスタ ブログ
カミアソウのサンクチュアリ
子どもの自我と感覚の発達
【探求の家🏠かまくら】3月30日
鎌倉の桜🌸も咲き始めました。
鎌倉市生涯学習センターきらら鎌倉にて「生きづらさを共に乗り越えるための教育講座」第2回目「子どもの自我と感覚の発達〜シュタイナー教育の12感覚と人生の7年周期〜」を開催しました☺️✋
今日は1925年3月30日に帰天したシュタイナーの命日🙏✨記念すべき、この日にご縁をいただきましたみなさまとの対話、経験のわかちあいを通して、豊かな学びの時間となりました。
前半の「人間の発達の7年周期」では、参加者のみなさんの人生を振り返りました。「意識魂を発展させる」と言われている35歳の転機として、両親の死。妊娠、出産。離婚。仕事の限界などを経験し、個人の自由を確立していく時期を乗り越えてきたプロセスを振り返りました。人生の7年周期を意識することで、その時期に取り組んでいく課題が明確になり、豊かな人生を生きることができます。
後半は「12感覚」のなかで、触覚の発達と自我感覚の関連について考察を深めました。幼少期に母親の生命エネルギーに包まれることで、子どもは心地よく、安心できるという感覚を育みます。自我感覚、自分が個で居られる感覚が健全に育つと、周りの人のことが気にならなくなり、自由意志で行動できるようになることを学びました。
参加された方の感想
・7年周期を振り返り、自分の課題、これからのことを考えるきっかけとなった。63歳までの人生は自分のカルマの解決だった。これからは社会のカルマの貢献の時期ということがわかった。
・はじめて参加したが、安心して体験を話すことができた。来月、37歳を迎える。父の死が迫っていることもあり、しっかりと自分と向き合いたい。
・自分の辿ってきた人生をみなさんに語ることができてよかった。一年前にはできなかったこと。みなさんの体験を聞きながら、更に理解が進んだ。
・久しぶりに自分の魂が喜んでいる感覚を味わった。長男が自立し、これからは次のステップの準備の時期。しっかりと学んでいきたい。
2025年春🌸新しい出会を通して、人生をより豊かに自由に生きていくための叡智をご一緒にわかちあいませんか?
次回、きらら鎌倉での教育セミナーは、4月27日日曜日の予定です。「子どもの感覚の発達」です。お近くの方はどうぞお気軽にご参加ください。お待ちしてます☺️
弘明寺を巡る縁
娘が受胎した。
人間の魂は誕生前に魂界から地上を観察して自らの両親となる男女が出逢うための運命に関与するという。
僕が誕生した時、父親となる人はアメリカ軍駐留の三澤基地で、ベトナム戦争から帰還した米兵に真珠を売る仕事をしていた。そして母となる人は辺鄙な故郷を疎み都会に憧れていた。その2人は映画館の隣席で出逢い、結婚へと至った。
僕の娘が魂界から自らの両親を探していた頃、僕は映画雑誌の仕事をしていたが、30歳になった年に、社会生活を捨てて出奔しようとしていた。その時に或る女性が僕を引き留め、あれよあれよと結婚するに至った。
あの時に僕を引き留めた運命に関与したのが、その後に僕たちの間に生まれた娘だったのだ。娘の魂が関与しなければ僕は世捨て人になり、とっくにのたれ死んでいたかもしれない。
娘の魂が母親として選んだ女性は横浜の弘明寺近くを実家に持つ人だった。なおかつ、僕が18〜22歳まで交際した女性の実家も弘明寺近くであったのだ。
この弘明寺は空海を開祖とする伝説があり、十一面観音と大聖歓喜天を祀っている。僕は後に、娘が母親として選んだ女性と離婚した時に、弘明寺の大聖歓喜天に自分の将来を祈願して、その後の人生で辛酸を舐めるエライ試練をいただくことになる。
話を戻すと、僕と元妻は子どもを受精する時をしっかりと準備して実行し、娘の魂が元妻に受胎した時には、僕は確かに天空から大いなる力が流れ込んでくるように感じたものだった。
娘が誕生する時期に僕らは元妻の実家の近くに転居した。そこは、大戦中に日本軍と戦って戦死したイギリス兵たちが葬られた英連邦墓地のすぐ近くであり、また権太坂という地もすぐだった。
その権太坂に、洋子さんの両親の家があった。
話をはしょると、後々に洋子さんは弘明寺近くに職場を持つことになる。また、洋子さんの両親は離婚して、洋子さんは父親と絶縁することになるだが、その父親は最期に弘明寺の町で亡くなる。
そうして僕は42歳で離婚し、娘と二人暮らしの父子家庭になるのだが、紆余曲折して洋子さんと出逢うことになったのはその20年ほど後になる。
このように、或る土地、そしてその地に祀られる神仏存在が、生まれてくる魂と協働しながらに人間同士の縁に関与してくるわけである。
僕の娘が受胎した子どもは今年の10月に誕生予定だ。この子もたぶん、弘明寺とも縁があることだろう。
木蓮(モクレン)の花茶
パラレルワールドという迷妄
感覚界は物質法則が確固として支配していますが、霊的世界の法則はそうではありません。
人間には相応しくない霊界領域があるのです。
シュタイナーは以下のように警鐘しています。
「 身体は世界の調和に相応した仕方で、世界に組み込まれているので、感覚的知覚や通常の知的活動の範囲で魂が働くとき、その魂は、体が宇宙との調和を魂に託すことができるように、体に帰依している。魂が神秘的もしくは錬金術的な方向でこの体験から離れてしまうとき、体を通して獲得される宇宙との調和を失わないように、あらかじめ備えておく必要がある。
この用意を怠るならば、神秘的な道においては、宇宙との霊的関連を失うおそれがあり、錬金術的な道においては、真実と虚偽とを区別する能力を失うおそれがある。神秘家がこの用意を忘った場合、体との関連がより深まれば深まるほど、自己の意識の力が濃縮され、この自己意識に圧倒されて、自分の内部でもはや宇宙を共体験できなくなる。神秘家はこのことによって、人間にふさわしくない霊界領域へ意識して入っていくであろう(私は霊学についての著述の中で、この霊界領域を「ルツィフェル的」と名づけた)。」
ルドルフ・シュタイナー著/高橋巌訳『霊界から社会へ至る道』p205
ルツィフェル的霊界領域は、非の打ち所がないような世界として、安直なスピリチュアリストを魅了します。
その世界に入り込んでも今世では何も支障は起こらないかもしれません。
しかし来世において、その人は自己を失ったような人生を送ることになりかねません。
そのような霊界領域から地上のスピリチュアリストの魂に流れ込む概念のひとつが、パラレルワールドという迷妄です。
何故にパラレルワールドが迷妄なのかと問うことができますが、人間は論理的な概念構築をしなければ、ルツィフェルの世界から流れ込む直感の誘いを退けることはできません。
何故ならパラレルワールドはルツィフェルの創造した霊界領域に確かに存在しているからです。
その領域に入り込んでしまうと、人間の自我はその世界が迷妄だとは全く思えなくなります。
パラレルワールドで人間自我はどのようになるでしょう。
己れの意志を発揮しようとする力を失ってしまうのです。
或る状況下において、ひとつ選択肢を自分自身の意志で決断することに意味を失います。
そうすると人間は己れの意志決定に責任を持たなくなります。
人間が自らの意志で何事かを決意する時に、高次の自己は地上の自我に関与します。
己れの意志決定を放棄した人間は、高次の自己との繋がりを断ち切ることになります。
そうして人間は次の転生において、高次の自己による統合を失った自我としての人生を余儀なくされます。














