キエスタ ブログ
美濃のキリシタン
8月10日みのかも文化の森🌳美濃加茂市民ミュージアムにて開催中の「美濃のキリシタン」の展覧会を観に行きました☺️
日本のキリスト教は、宜教師フランシスコ・ザビエルによって仰の種が蒔かれたことを端緒とします。美濃地方においては織田信長やその子・信忠など為政者の庇護下に広くさかえ、その当時、各地に多くの信者一キリシタンーが生まれました。間もなく突入した禁教の時代からは、全国的に徹底的な監視・摘発が行われるようになり、特に寛文年間(1661-1673)の「濃尾れ」と呼ばれる大検挙は一帯の地域を大きく揺るがすものでした。しかし、こうした状況下でも可児・加茂地域をはじめとした美濃にも少なからず信者が存在し、確かな祈りの灯を守り伝えていたことは、今も各地に伝わるさまざまな資料や伝承によって知ることができます。
美濃加茂教会⛪️の狩浦神父さまに教えていただき「美濃・尾張殉教地記念塔」を訪ねたことを思い出しました。今回の展示を拝見し、そこが当時の弾圧の発端の地である可児市塩だったことに、あらためて気づかされました。美濃地域のキリシタンの歴史を深く知る機会になり、信仰を守り抜いた人々の姿を思い巡らし、祈りをお捧げいたしました🙏✨
信仰の種は、私たちの魂に刻みこまれ、宣教が困難な時代にあっても、秘められた祈りによって、キリスト衝動が伝承されてきたのですね。私たちを美濃地域に導かれたキリストとのつながりを深く感じられた一日となりました☺️
真菰の鶴と亀🐢
8月9日から上麻生での生活のはじまり。今日は、お隣のたか子さん84歳の誕生日です。お祝いに友人のるみ子さんが、真菰で鶴と亀を作ってくださいました。いつもお世話になっている金太郎さんご夫妻、これからも健康で仲睦まじく過ごせますように🙏✨
金太郎さん、たか子さん夫妻の元気の秘訣は、幾つになっても、自分が好きなこと、ワクワクすることを楽しむこと。金太郎さんは、朝から近所の友人と一緒に山に「へぼ捕り」に出かけて行きました。私は午後から、たか子さんのお宅にお邪魔して、たか子さんとの対話の時間🍵母と同じ歳のたか子さん、戦争中、名古屋から上麻生の親戚を頼りに移住。戦争でお父さまを亡くし、お母さまと姉妹の生活で男手がなく、苦労も多かったそう。親戚に勧められてお見合いした金太郎さんと60年間、仲良く連れ添い、子育て、仕事にも励んでこられました。60歳を過ぎてから、日舞を習い、趣味を楽しむバイタリティも、明るく元気なたか子さんらしさだなぁとつくづく、感じました。
夕方、「へぼ捕り」から金太郎さんが帰ってきました。森のなかでみつけた巣を用意した巣箱に入れて、自宅に持ち帰り、大切に育てます。「へぼ」とは、クロスズメバチをはじめとする地蜂の幼虫のことで、いわゆる蜂の子。へぼ飯は、岐阜県東濃地方を中心とした郷土料理で、秋にはクロスズメバチ(または地蜂)の幼虫を米と一緒に炊き込んだ、へぼご飯を食べると教えていただきました。
金太郎さん畑には、今月も旬を迎えた野菜たちがいっぱい😍上麻生の大地のお恵み、生命エネルギーの源を分けていただきました🙏どうもありがとうございます☺️✨
中山道会館のヤドリギ
8月8日横浜から深夜バスに乗り、早朝、名古屋に到着。多治見経由で美濃太田へ。上麻生行きの高山線が2時間待ちのため、その間、木曽川沿いを散策しました。
風が心地よく、たくさんのトンボたちに出会いました。秋がもうすぐそこまでやって来ているのですね。
中山道会館の中庭には、「中山道太田宿」を江戸時代から見守ってきた樹高18mのエノキがあります。花言葉「共存共栄」を体現するように、枝の至る所に「ヤドリギ」を寄生させています。
「ヤドリギ」は、アンとロボゾフィー医学では、癌の特効薬として活用されています。キエスタon-line水曜日塾では「シュタイナー医学論」をみなさまと共に学んでいます。8月は「時代病としての癌の克服」シュタイナーのオカルト生理学をベースとして、病を得ることは人生の課題を私たちに気づかせる機会であることを知りました。
シュタイナー医学論、アーカイブ録画ありますので、ご都合のよいときに視聴できます。よかったら、一緒に学びませんか?お待ちしてます☺️✋
申し込みはホームページから
https://r.goope.jp/chiesta/reservation/event/detail/30415
性愛関係が運命の転機となるとき
なぜ私を産んだのかという思春期の問い
人は思春期になるとアストラル体が独立するので、自らのアストラル体で外界を感受します。
アストラル体に映じる外界を通して、自我は、自らの内面も客観視しようとし、自らが地上に存在している意味と目的を問います。
この時期に人は「なぜ私を産んだのか」と親に真剣に問う場合があります。
そのような問いは非常に重要です。
この問いがその後の人生においても長期間に続く場合がありますが、この問いを親に向けている限り、その人の魂は全く成熟しません。
「親はなぜ私を産んだのか」という問いを、「なぜ私はこの親のもとに生まれたのか」という問いに上昇させることで、人の魂は進化します。
このような問いの上昇には、親の対応がとても大事になります。
このような問いが親に対して思春期以降も長期間続く場合、親はまず、我が子の受胎時を振り返る必要があります。
子どもの妊娠を知った時に、親がどのように思ったか、感じたかが、その子どもが思春期になった時の問いの根底に反映しています。
受胎の時に親の魂が歓喜や至福に満ちたのならば、我が子の問いは健全に上昇します。
しかしそうではなく、失望や反感や後悔や憤りなどの感情が湧き起こったとしたら、そのような負の感情を親自身が改めて払拭しない限り、「なぜ私を産んだのか」という我が子からの責苦が続きます。
受胎の時に負の感情にまみれたとしても、我が子が思春期を迎えた今、かつての感情とは別に、大いなる覚悟を持って、我が子の存在をありのままに肯定して受容する感情を改めて自分の中に創造することは、可能です。
そしてまた、思春期を超えてもずっと「親はなぜ私を産んだのか」という問いに苛まれ続ける人が、親の覚悟を全く期待できない場合も多々あります。
そのような場合その人自身が、大いなる覚悟を持って「私はなぜこの親から生まれたのか。私はなぜこの人間を親として選んだのか」という問いを改めて真剣に抱こうと決意したならば、その人は自分で自分の魂を親の呪縛から解放し、進化させることができます。
「思春期の精神的課題」では、思春期の問題点とその克服術をご参加の皆様と探求します。
お申し込みは以下からどうぞ。




