キエスタ ブログ

2025-03-16 22:14:00

高次の自己と地上の自我

高次の自己=ハイヤーセルフの働きは通常、地上の自我の意識には明るみになりません。

ハイヤーセルフは地上の自我が道徳的決断を迫られるような状況、もしくは死に瀕するような危機が身体に迫った瞬間に、自我が意識できるような強い関与をします。

その関与は啓示のように、また激しい直感のように自我に意識されます。

そもそも高次の自己にとって地上の自我とは何なのでしょうか。

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神界に存在する高次の自己は、神々に浸透されているため、自己意識が希薄なのです。自分は自分であるという意識をほとんど持っていません。

自分は神そのものだ、あるいは、自分は神と同質だという意識に満ちており、神の意志に背いたり神の働きに抗ったりしません。

しかしながら地上の自我は感覚界の中で神の意志や働きを見失っているので、謂わば神の支配から自分は自由だという錯覚を抱くことができます。

そのような錯覚の中で人間は利己性を強化することが可能になります。

この利己性が地上の自我に、自己意識をもたらします。

高次の自己は、地上の自我を見守ることを通して、自己意識を獲得しようと努めているのです。

しかしながら地上の自我があまりにも利己性に堕してしまわないように、高次自我は、地上の自我に対して道徳的決断を迫るような運命的出来事を用意します。

もしくは死に瀕するような状況下で地上の自我がどのような決断を選択するかを、高次の自己は見守っています。

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2025-02-18 13:06:00

大天使ミカエルと黒魔術

大天使ミカエルは15世紀に天界にミカエル学院を作り、1840年代から天界でアーリマンと戦い、1879年からキリスト神霊の使者として人類を導いている、とシュタイナーは言及しています。

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1879年にアーリマンは地上へと追放され、地上では電灯の時代が始まりました。

電灯の光は地上の人間の松果体機能を阻害することになりました。

 

松果体の発達の阻害により、人間は霊界をイメージする能力を破壊されたのです。

しかしながら、松果体のイマジネーション機能の阻害は、支配欲に駆られた人間が性的黒魔術を使って堕落する危険を防ぐことにもなりました。

 

もしもアーリマンが地上に追放されなかったら電灯がこれほどまでも地上を覆うことはなかった、と考えられるでしょう。

そして、もしも電灯が蔓延しなかったら人間は、15世紀以来の知性の発達により、論理的思考力によって自らの松果体を覚醒できたはずだ、と考えられるでしょうか。

 

もしもそうなっていたなら、人間は非道徳的欲望の発露にまかせて性的黒魔術を駆使するようになり、とめどもない支配欲に駆られたまま眉間のチャクラを行使するようになっていたでしょう。

 

眉間のチャクラが活性化すると他者の思考内容を見透し、また、霊界の法則をヴィジョンとしてイメージすることができるようになります。

 

つまり松果体が覚醒すると霊視能力によっていくらでも他者を操ったり支配したりできるようになるのです。

大天使ミカエルは当然ながら、アーリマンの促進する電気の光が地上の人間たちの松果体を阻害するだろうことを、予見していたことでしょう。

 

もしもアーリマンが人間の松果体を阻害しなかったとしたら、人間は霊界を霊視できるようになり、ルシファーの誘惑にますます陥っていたことでしょう。

 

成熟した道徳性を持たずに霊界法則を霊視できるようになった人間は、地上で行使すると悪業になってしまう霊力を地上で駆使するようになります。

そのようなルシファー的霊視能力の発露を防ぐために、大天使ミカエルはアーリマンを地上に放ったとも言えるのです。

2025-02-17 12:57:00

性愛と松果体

松果体の働きを普段の生活の中で私たちが感受したり意識したりすることはほとんどありません。

太古には松果体が人間の認識器官であったとシュタイナーは言及していますが、現代の私たちは松果体の働きを無意識領域にゆだねています。

古代ヨーガでは、人間の性愛エネルギーが尾骶骨あたりに眠っており、このエネルギーが尾骶骨から背骨に沿ったエーテル器官=シュスムナー管を上昇し、眉間奥の松果体にあるアストラル器官のチャクラを覚醒させるという秘儀の理論がありました。

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人類は有史以来、古代ヨーガの秘儀を封印し、性愛エネルギーをひたすら生殖と利己的性欲の発散で消費してきたと言えます。

封印してきたのは、人類の進化を導く善なる神々であり、その秘儀を人類に漏洩してきたのは別の神霊存在です。

私たちは今、善なる神々に、つまりキリスト神霊に繋がりながら、性愛秘儀によって松果体を覚醒する時代に進みつつあります。

 

尾骶骨に眠る性愛エネルギーは肉体の性エネルギーとは異なり、古来クンダリニと呼ばれています。

このクンダリニを活性化し、スシュムナー管を上昇させて松果体を覚醒させるわけですが、現在、男性は男性のみの修行では松果体チャクラを目覚ますことは、固く封印されています。

男性は愛そうと決意した女性に帰依し、女性をひたすら愛することにより、女性が歓喜で松果体を目覚めさせる状態に霊的融合をすることができます。

そのように女性と霊的融合を実現することのみにより、男性は自らの松果体を間接的目覚めさせることができます。

 

2025-02-15 08:07:00

性愛と人類愛

 

女は全身で性的快楽を体験する資質を持っていますが、男は射精する瞬間に性的快楽が集約されています。

そのために男にとっての性交はどうしても射精主義になってしまいます。

この射精主義が男の利己的欲望を増長させます。

 

射精主義を断念して、女の性的快楽を男自身の至上の歓喜とするようような性交を努めると、男の利己的欲望は次第に昇華されていき、実際に、女の性的快楽に融合できるようになります。

その時に、性愛を通して至ることのできる帰依心が男の中に生まれます。

 

そのような帰依の愛を今世で実現した男は、次の転生では、男にこよなく愛される女としての人生を送ることになります。

 

男にこよなく愛された女はその次の転生ではどのような男になるでしょうか。

その後も幾世かを繰り返すかもしれませんが、やがては、性愛を完全に超えた人類愛を自ずと遂行できる人間になることでしょう。

 

キリスト・イエスはその実例を人類に示現したのでした。

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2025-02-13 22:22:00

自我と支配性と暴力性

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人間の自我は、地球紀になってから神霊存在に付与された、とシュタイナーは言及しています。

 

地球紀以前の宇宙である月紀にアストラル体が人間に付与され、月紀以前の太陽紀にはエーテル体、さらに以前の土星紀に物質体の原基が、それぞれ人間に与えられたということです。

 

物質体とエーテル体とアストラル体を持っていた人間に、地球紀になって自我が付与された理由と目的は、自我が物質体とエーテル体とアストラル体に働きかけ、それらの構成体を進化させるためです。

 

自我は自らのアストラル体とエーテル体と物質体を進化させるために付与されたのです。

自我は自らの3つの構成体を支配することによってそれぞれを進化させます。

 

つまり自我の資質には元来、支配性が埋め込まれているわけです。

この支配性は自分自身の内面に働きかけることで目的を果たすことができます。

 

高次の神霊存在はこの支配性をまず、人間の最高の構成体である霊人に付与したのです。それは謂わば神そのものの資質を一粒の芥子種のように植えつけたのだと言えるでしょう。

 

霊人の萌芽の中でその種は決断決意となります。

次に生命霊の萌芽の中で意図となり、その次に霊我の萌芽の中で動機となります。

そしてさらにアストラル体の中で欲望、エーテル体の中で衝動、物質体の中で本能として発現します。

 

私たちの自我の核心に潜在する支配性は、霊人において決意、生命霊において意図、霊我において動機となりますが、現在の人間の進化段階では通常、そのような霊的流れを全く意識できません。

意識できない領域は神々に支援されて育まれています。

 

私たちが意識できるのは、自らのアストラル体の中の欲望、エーテル体の中での衝動、物質体の中での本能です。

意識できる領域において人間は自らの魂、つまり意志と感情と思考を関与させています。

 

では人間の暴力性はどの構成体の中で発現するのか、と問うことができます。

 

神に付与された自我の中の支配性は、人間の高次の構成体の中では暴力にはなりません。

 

自我の支配性がアストラル体に降りてきた時に支配性と欲望が結びつき、エーテル体では支配性と衝動と、そして物質体において本能と結びつきます。

 

人間のアストラル体とエーテル体と物質体にはそれぞれ利己性が浸透しています。

そのために、支配欲望、支配衝動、支配本能が利己性を帯びるのです。

 

特にエーテルのにおける利己的支配衝動は破壊的な暴力性へと変換され、物質体における利己的支配本能は性的暴力となって発露します。

 

私たちは神々の支配資質を霊人、生命霊、霊我という高次の構成体領域に留めなければなりません。

そのための道筋を人類に示現するためにキリスト神霊は、地球の物質体にまで受肉したのでした。

 

キリスト神霊はゴルゴタにおける復活の秘儀を成就することにより、地球上で霊人と生命霊と霊我を創造する術を実現しました。

なおかつ、神々の支配資質ではなく、神々の愛の資質を人類の高次の構成体の萌芽に付与したのです。

 

私たちはキリストの復活秘儀に与ることなくして、支配性と暴力性を超克することはできないのです。

 

 

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