キエスタ ブログ

2025-02-13 22:22:00

自我と支配性と暴力性

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人間の自我は、地球紀になってから神霊存在に付与された、とシュタイナーは言及しています。

 

地球紀以前の宇宙である月紀にアストラル体が人間に付与され、月紀以前の太陽紀にはエーテル体、さらに以前の土星紀に物質体の原基が、それぞれ人間に与えられたということです。

 

物質体とエーテル体とアストラル体を持っていた人間に、地球紀になって自我が付与された理由と目的は、自我が物質体とエーテル体とアストラル体に働きかけ、それらの構成体を進化させるためです。

 

自我は自らのアストラル体とエーテル体と物質体を進化させるために付与されたのです。

自我は自らの3つの構成体を支配することによってそれぞれを進化させます。

 

つまり自我の資質には元来、支配性が埋め込まれているわけです。

この支配性は自分自身の内面に働きかけることで目的を果たすことができます。

 

高次の神霊存在はこの支配性をまず、人間の最高の構成体である霊人に付与したのです。それは謂わば神そのものの資質を一粒の芥子種のように植えつけたのだと言えるでしょう。

 

霊人の萌芽の中でその種は決断決意となります。

次に生命霊の萌芽の中で意図となり、その次に霊我の萌芽の中で動機となります。

そしてさらにアストラル体の中で欲望、エーテル体の中で衝動、物質体の中で本能として発現します。

 

私たちの自我の核心に潜在する支配性は、霊人において決意、生命霊において意図、霊我において動機となりますが、現在の人間の進化段階では通常、そのような霊的流れを全く意識できません。

意識できない領域は神々に支援されて育まれています。

 

私たちが意識できるのは、自らのアストラル体の中の欲望、エーテル体の中での衝動、物質体の中での本能です。

意識できる領域において人間は自らの魂、つまり意志と感情と思考を関与させています。

 

では人間の暴力性はどの構成体の中で発現するのか、と問うことができます。

 

神に付与された自我の中の支配性は、人間の高次の構成体の中では暴力にはなりません。

 

自我の支配性がアストラル体に降りてきた時に支配性と欲望が結びつき、エーテル体では支配性と衝動と、そして物質体において本能と結びつきます。

 

人間のアストラル体とエーテル体と物質体にはそれぞれ利己性が浸透しています。

そのために、支配欲望、支配衝動、支配本能が利己性を帯びるのです。

 

特にエーテルのにおける利己的支配衝動は破壊的な暴力性へと変換され、物質体における利己的支配本能は性的暴力となって発露します。

 

私たちは神々の支配資質を霊人、生命霊、霊我という高次の構成体領域に留めなければなりません。

そのための道筋を人類に示現するためにキリスト神霊は、地球の物質体にまで受肉したのでした。

 

キリスト神霊はゴルゴタにおける復活の秘儀を成就することにより、地球上で霊人と生命霊と霊我を創造する術を実現しました。

なおかつ、神々の支配資質ではなく、神々の愛の資質を人類の高次の構成体の萌芽に付与したのです。

 

私たちはキリストの復活秘儀に与ることなくして、支配性と暴力性を超克することはできないのです。