キエスタ ブログ

2026-02-02 23:37:00

キリストとの縁

IMG_1803.jpeg

僕と洋子さんがどのようにキリストと出逢ったのかを話してみましょう。

僕は小学2年生でカトリックの小学校に転校しました。母親は、その数年前にクリスチャンの人にとても親切にされた経験を持っていましたが、自身はクリスチャンではありません。父親はプロテスタント系の大学を出ましが、やはり信仰者ではありませんでした。

僕の運命をカトリックに繋げたのは、両親の意志というよりも、僕自身のカルマだったと思います。

カトリック小学校で僕は、併設していた修道院の神聖なオーラをたっぷりと吸収しましたが、それは無意識の感情においてです。意識的な思考面では、クリスチャンの同級生たちに違和感と反感を抱きました。その反感が後に思春期の僕を無神論者へと誘いました。

神への不信感を抱いたのにはもっと根本的な原因があります。僕は絞扼りん症候群という生まれながらの手指欠損の障害があったのですが、神に激しく祈ったものです。「明日の朝になったら指が普通になっていますように」と。しかし指はいっこうに変わりませんでした。

14歳から22歳まで僕は徹底した無神論者でした。大学時代は神の存在を否定するために聖書を読み、その矛盾点を研究していました。けれども無神論を極めていくと、人間の人格は崩壊するのです。22歳から25歳までの僕は、人格崩壊の暗闇の中で真理を激しく手探り続けました。そうしてシュタイナーの著作に辿り着き、小学校時代に修道院の神聖なオーラに浴していた無意識の底から、神への信仰心を取り戻したのです。

いっぽう洋子さんは、キリスト教とは無縁の家庭で育ちましたが、その過酷な家庭環境の中で、いつも神に祈っていました。つまり神への希求は、洋子さん自身のカルマだったと言えます。

そして洋子さんは15歳で父親と決別する決心をし、母親の郷里に出奔するのです。その地で運命の糸に引き寄せられるようにして、カトリックの高校へ入学しました。それは必然の運命だったと言えます。そこで洋子さんはシスターたちの無償の愛に浴し、自身も洗礼を受けることになります。

そのようなカトリック・クリスチャンがシュタイナーを信奉することになるのは稀有なケースです。熱心なカトリック信者ほど、シュタイナーのキリスト論には忌避感を覚える場合が多いのです。

洋子さんがシュタイナーを違和感なく探求するようになったのは、カトリックの道とは別に、霊的ヒーリングの領域でも治癒体験していたからです。

この話はまたの機会にしましょう。

兎も角も、シュタイナーを探求するようになった洋子さんは、いっそうにキリスト教を深く理解するようになりました。