キエスタ ブログ
2026-02-21 16:46:00
「精神」の語源
ヘーゲルというドイツの哲学者がいました。
1770~1831年に生きた人で、AIで調べると「ドイツ観念論を完成させた絶対的理想主義者として、ドイツ哲学史上で最高峰の評価を得ています。」という紹介がなされます。
さらにAIで調べると「日本の高校の倫理や世界史の教科書で、ドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルは必ずと言っていいほど紹介されます。カント、フィヒテに続くドイツ観念論の代表的哲学者として、弁証法(正・反・合)や絶対精神、歴史哲学の基礎的な理論が解説されるのが一般的です。」
ヘーゲルの唱えた「絶対精神」のドイツ語は「absoluter Geist」です。
このドイツ語についてもAIでは「現代のドイツ人にとって「Geist(ガイスト)」は、単なる「精神」や「幽霊」を超え、理性、知性、創造性、雰囲気、さらには歴史的な背景や教養の深みを表す複雑な概念です。抽象的な精神活動から、日常生活の場の「雰囲気」まで、文脈によって多様なニュアンスを持つ言葉として捉えられています。」となります。
ヘーゲル哲学を日本で最初に詳しく紹介したのは、西周(にし あまね)という思想家・教育家で、明治27年(1894年)のことだそうです。
その時に西周はヘーゲルの言う「geist」と「精神」と訳しました。
日本語の「精神」という言葉の由来をAIに尋ねると「「精神」という言葉は、飛鳥・奈良時代(6〜7世紀頃)の仏教伝来とともに中国から輸入された漢字語(漢語)として日本に入ってきました。当初は「生命力」や「心のありよう」といった仏教的な概念として使用され、現代のような「心・精神力」という意味で定着したのは、明治以降に英語の「mind」「spirit」の訳語として再定義されてからです。 」とあります。
さて、シュタイナーの著作の翻訳家・西川隆範さんは、シュタイナーが使っていた「geist」を、仏教伝来の「精神」や、ヘーゲル哲学の訳語「精神」という言葉をも踏まえて、「精神」と訳しています。
そしてシュタイナーの提唱した学問「Geisteswissenschaft」を西川さんは「精神科学」と訳しています。
長々と説明してきましたが、シュタイナーの「精神科学」という言葉は、現在の日本の「精神科医療」という日本語の「精神」とは、全く意味合いが違う、ということを僕は皆さんに明確に伝えたかったわけです。
ちなみにドイツ語のgeistは英語ではghostとなります。
ゴーストと言えば幽霊とか亡霊いう意味合いが強いですが、ghostは古英語ではgastとなり、それは息・生命力・魂という意味だったそうです。

