キエスタ ブログ

2025-08-01 12:03:00

なぜ私を産んだのかという思春期の問い

人は思春期になるとアストラル体が独立するので、自らのアストラル体で外界を感受します。

アストラル体に映じる外界を通して、自我は、自らの内面も客観視しようとし、自らが地上に存在している意味と目的を問います。

この時期に人は「なぜ私を産んだのか」と親に真剣に問う場合があります。

そのような問いは非常に重要です。

この問いがその後の人生においても長期間に続く場合がありますが、この問いを親に向けている限り、その人の魂は全く成熟しません。

「親はなぜ私を産んだのか」という問いを、「なぜ私はこの親のもとに生まれたのか」という問いに上昇させることで、人の魂は進化します。

このような問いの上昇には、親の対応がとても大事になります。

 

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このような問いが親に対して思春期以降も長期間続く場合、親はまず、我が子の受胎時を振り返る必要があります。

子どもの妊娠を知った時に、親がどのように思ったか、感じたかが、その子どもが思春期になった時の問いの根底に反映しています。

受胎の時に親の魂が歓喜や至福に満ちたのならば、我が子の問いは健全に上昇します。

しかしそうではなく、失望や反感や後悔や憤りなどの感情が湧き起こったとしたら、そのような負の感情を親自身が改めて払拭しない限り、「なぜ私を産んだのか」という我が子からの責苦が続きます。

受胎の時に負の感情にまみれたとしても、我が子が思春期を迎えた今、かつての感情とは別に、大いなる覚悟を持って、我が子の存在をありのままに肯定して受容する感情を改めて自分の中に創造することは、可能です。

そしてまた、思春期を超えてもずっと「親はなぜ私を産んだのか」という問いに苛まれ続ける人が、親の覚悟を全く期待できない場合も多々あります。

そのような場合その人自身が、大いなる覚悟を持って「私はなぜこの親から生まれたのか。私はなぜこの人間を親として選んだのか」という問いを改めて真剣に抱こうと決意したならば、その人は自分で自分の魂を親の呪縛から解放し、進化させることができます。

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